Wの日誌

映像編集業。1977年生まれ。

どのみち死ぬ。

若い頃は、まだまだ、死が、とても抽象的なものだったんだな、と40歳をすぎて、思う。死に対して、なんか、甘美な感じや、かっこいい感じを抱きながら、多くの破天荒な天才が死んでいった年を越え、のうのうと生きているうちに、肉体が衰え始め、いづれ自分は、無に帰するということが、祖父や母親、義父の死をみたことにもよって、実感されてきて、ああそのうち死ぬんだな、と思いながら、毎日がある。

その感覚は、10代、20歳頃とは、切実さが違う。

 

ふとした瞬間に、なんの脈絡もなく、生きてる先が、真っ暗で、自分というものも、失う、死が待ってるのかと思うと、絶望と同時に、なんとなく、すべてを許せるような寛容な気分も湧いたりする。

 

所詮、みんな、死ぬ。いなくなる。

そう思えば、すべての感情、愛、争い、葛藤は、無意味ともいえる。

なにをやっても、なにをなしても、死ぬ、これほど、平等なことがあるだろうか、とすら思う。

どのみち死ぬ、とてもいいことだ。

従順が、すぎるな。

大体において、日本の政治家というか、為政者は、もはや、たるみきっていて、自分たちが国民から血祭りにあげられないと、タカをくくっている。弛緩しきっているようにしか思えない。

 

まあ、大戦で信じられない規模で国民が死んでも、その責任は、うやむやになり、なにやらアメリカなどに死刑にされたり、無罪にしてもらったり、主体性も何もないまま、今度は、みんなで一生懸命戦後頑張って高度成長した、美談、みたいなことになってるけど。

 

クソボロ負けしたせいで、国内の膿を自分たちの手で一掃できなかったから。

そもそも、一掃する能力がなかったから、クソボロ負けしたのかもしれないけど。

とにかくも、お上に従順な精神は、わりと、温存され、お上に楯突こうとした面々はお互いに殺しあったりで、なんで、こうも既得権益者、クソジジイ達のおもいのまま、国が動き続けるのか、よく分からないけど。

 

まあ、そんなことは、どうでもいいことなのかもしれない。

 

すきなことをすべき

友達もいるようだし、女の子の知り合い友達もいるようだけど、そして、別に前向きに生活したいけれど、どうにも学校には行きたくないということがあるようで、子供は学校に行かない。

まあ、イヤなのを無理して、病んだり、死んでも、面白くないので行かないのは、いいとして。

自分自身は、思えば、けして積極的に学校にも仕事にも行きたいと、思ったことはないけれど、それでも実際に行かない、ってことが、今のところ、ないな、と思う。充分に性格的には、休みそうなものだけど。

しかし考えれば、おそらく、休むという行動をとって周りにはどう思われるか、ということ、社会的な評価などに対して、強気になれない、性格の弱さが自分にはあって、行かないという行動がとれないのだろう。実のところ、イヤだから行かないという行動をとれるのは、むしろ、強いし積極性の現れなのではないかとも思える。

しかし、中学や高校だと行けないということが、だいぶ、ネガティブな事としてとらえられるのにたいして、大学になると、サボること、留年すること、中退することすら、別になんらネガティブなものとして、とらえられないのはどういうことなのだろうか。

高校中退には、なにか負のイメージがあり、大学中退には、さほどの負のイメージがない、と思うのは、自分だけだろうか。

大体、世の中のイメージは、そういう感じだろう。

それにしても、日本の若者の成功のロールモデルが、ストレートに国立の大学までいって、新卒でいい会社に就職する、というもので、なんだか、めちゃくちゃモデルが貧困かつ、少ない。

自分が若い頃なども、もちろん、大学に行くのは、個人の向き不向き、得意不得意を別にして、とにかく、良いこと、っていう感じだった。

自分の高卒の親は、大学うけてほしいオーラをバンバン発していたが、そもそも、遺伝的にも、後天的にもバカなので、受からない。

それでも、とりあえず、自分が向いてることで生活は出来てるし、大学行きたかった、とは、1ミリも思ってない。

それは、それでよかったということで、そういう意味では、高校やめても、むいてることさえやれて、それがお金になれば、高校行くかどうかは、さほど問題ではないのではないか。

 

とにかく、一番の問題は、本人が行けないことに悩み、悩むことに時間を費やし、気持ちやモチベーションを、ポジティブな方向に持って行けなくなることで、高校は行かなくては行けないのようなことも、そもそもは、呪いのようなもので、好きなことで生きられれば、それでいいんだから、行かなくても、実はなんら問題ない、のであった。

 

高校に行きたくないと思うことよりも、実は、これをしてる時間が超楽しいっていうものが無い方が、よくないので、寝食わすれるほどに、好きな事を発見して、それを続けるのが、一度の人生、絶対死ぬ人生を、楽しむことになると、思う。

 

人間、絶対死ぬので、、すきなことをすべき。

いそがしさへ。

忙しすぎると、どうやってストレスを解消し、仕事を円滑に進めるかが、生命線になる、といったところがある。

ストレスで、荒れたりすると、家庭も仕事も、うまくいかなくなるので、とにかく対策は重要。

まずは、お酒。

飲みすぎると、大変だから、そんなに飲まずに、でも、スッと寝られるぐらいにはのむ。

ホッピー3杯。

わりと、よく眠れる。けれど、寝る寸前まで、やらなくてはならないことがある時は、飲めないので、そういう時はなんとなく、ストレス。

しかし、そもそもお酒で解消されてるという思い込みがあるから、飲まないとそう思うけど、ほんとは飲まなくても、大丈夫のかもしれない。

飲んだ場合は、ストレスが解消された、と思うことが大切。

そして、仕事の合間に、どうにか娯楽をいれる。通勤中、スマホで動画みたり、本読んだりするのも、相当にストレス解消回避になる。

一瞬でも書店をフラフラするだけでも、わりと、たのしい。

スマホは、隙間時間で、今自分の好きなものに、一瞬でアクセスできるので、とても役に立つ。

まあ、最後にはストレス解消、最大の方法は、忙しい仕事を、遊びだと思い込む。

嫌だな、と思ったら、すべて嫌になるので、とにかく目の前の作業の好きなところを見つける。すごい好きなところがなくても、今の作業のなかで、もっともマシ、好きといえる部分を探す。

しかしそれが、出来るようになるには、準備が必要で、まず、日常的に好きの興味範囲を広くひろげておくこと、そして、仕事仲間や仕事内容。仲間はとにかく気の合う人と仕事が出来るように気を配る。気の合わない人と仕事しなくてはならない状況をとにかく作らない。仕事内容も、自分に出来るであろう範囲を逸脱しないように、気を配る。無理はしない。

無理は、結果的に自分のクビをしめることになる。無理して、悪くなった仕事環境を再び、良いものに戻すのはものすごく大変なこと。

自分の性格や能力を見極めて、常に、小さくても興味を大量にもち、仕事をしていたら、わりと、どうにかなるのではないかと、願っている。

たまたま。

たまたま、住んでる地域の小学校に入って、まんま、中学校にあがって、学力に合致する高校にいき、途中で自らの選択で、学校環境をかえることもなく、12年をすごすっていうのは、ほんとうのところ、よいことだろうか。

親は、卒なく、高校までは出て欲しいとか思うけれど、ただ、出るだけなら、形骸化も甚だしいし、10代という貴重な時間の喪失であるような気がしなくもない。

かといって、自らの意思でなにかを、やったり、始めたりする10代が、偉いかというと、それも個々人の資質だから、えらい、ということでもなく。

ただ、10代にして、社会の枠組みを信じ、そこからはみ出すことをおそれ、生きるのは、その先が大変であるような気もするから、なんにせよ、自らの意思。

それは、ある種の間違った欲望でも、よいかもしれない、が、それに突き動かされるほうが、個人の人生としては、健全なのではないかとは思う。

一番まずいのは、学校や大人に、個人の欲望が抑圧されていると感じながらも、その抑圧に、実のところ甘んじて、愚痴腐敗を並べたてながら、甘く怠惰にすごすことで、愚痴をいいながら、社会や大人に甘えていたら、キリがない。

モラトリアム。高尚理想を語りながら、それを実現できないのは、自分の意思努力の足りなさではなく、社会大人のせい、と不貞腐れるのは、御門違い。

しかし、それでもなお、日本の義務教育、高等学校は、そんなモラトリアムを生むような、同調圧力と均質化、凡庸化、の坩堝。

個人の無能に帰するのみでは解決せず。

教育制度が、ガラリと変わらないと全然ダメだろうな。と、思う。

黒板をやめて、小学校のうちから、個々に好きな科目を勉強する授業にして、とにかく、全員が一斉になにかをしなくてはならないという機会を減らしていったほうがいい。

全体でなにかをすることに重きをおき続ける義務教育には、個人的に違和感しかない。

隙間に。

40歳をすぎたおじさんでも、一応、仕事が忙しくて、もはや、それが大変にありがたいとまで思うわけだけど、いかんせん、体力も気力も追いつかなくて、どうやって、休み、仕事に支障を来さないように頑張るかが、命題になっているわけですが、少しの休みで、最大の休息を得たつもりになるか、もしくは、細かく休み、それを集めて最大の休息と感じるようにするか。

数か、密度か。

 

でも、結局のところ、自分なりの休む方法をもっていないと、とてもじゃないけど、身も心も保たない。

 

自分の場合の休暇は、色でもなくギャンブルでもなく、飲酒読書ライブ音楽。

少しでも、アルコールと音楽を浴びる時間があればいいし、本が読めて映画が観れたらいい。

 

いくら忙しくても、とにかく、好きなことを、隙間隙間にいれていけば、どうにか生きられるはずとは、思う。

 

 

ひさひざに、公共の場で暴れるところであった。

自営業になってはじめて、確定申告したが、その面倒くささに、自殺を考えるぐらいだけど、さらには、etaxで、送信して、受け付けました、となったので安心していたのに、音沙汰がないので、電話したら、不備があったらしく。

それなら、それと、2月12日に出してるのだから、その不備に対して、連絡くれてもいいのではないか。問題あれば、連絡する、って書いてあったし。

 

で、結果的には、青色申告ではなくなり、税金あがり、還付金さがるという、地獄のようなことになり。

 

心底、税務署にたいして、腹がたったので、本当に〇〇したくなりましたが、鎮静剤のんで、安静にして、仕事して、夜中、不備のあった書類を送らないとならないわけで。

 

どこまでいっても、生きるのは、クソ面倒くさいな。