Wの日誌

映像編集業。1977年生まれ。

学校会社

どうなんだろう学校。

自分が、あまり学校や会社というものに、縁がないから、やはり、本当に必要なのかな、学校、そして会社と思ってしまう。

 

意外といらないのではないか学校も会社も。

 

というのも、学校も会社も、言われたこと、決められたことをやる能力は、身につくかもしれないけど、人がしないことや、決められたこと以上のことをする人間の出現を妨げているのではないかと思わざるを得ない。

トイレで、ウンコもできないような同調圧力のある小中学校で、自由になにかやる、なんて子供が阻害され育たないのは明らかな気もする。

 

言われたこと、決められたことを、そつなくこなす人間が必要な社会というのは、基本的には安定してる社会であることは自明かと思うけれど、今現在、この世の中が、決められたことだけをしてたら、どうにかなるかというと、わりとそうでもない、ということは、肌身で感じられることだと、認識してるのだが、世の中は広いので、わりと、そんなこともなくて、大学まで出て一流企業就職は、やはり重要なのだろうか。

 

でも、一流大学も企業も、世間一般からの今現在での評価でしかなくて、入学就職するにあたり、自分が最高にワクワクするから、選んでるかというと、甚だ疑問もあり。

価値基準の判定を自分の内側ではない外側において、世の中がよいとするから、よいと、自分ではないところに基準をおいて、生きる方向を決めると、わりとつらいのではないかと思う。

 

それはまあ、昔からそうなのかもしれないし、大体において、意に沿わないけど、勉強し就職し、恨んでるというのは、まあ、わりと聞く話だけど。けれど、まあ、それは、その価値観をおしつける先行世代がいるみたいなことがあってのことだけど、いまや、先行世代がそう言わなくても、従順に学校会社につき従い、なぜに自分が苦しいか分からずに、苦しんでるような人も多い気がして、不安定な世の中で不安定に生きるのはそれなりに怖いので、前時代の価値観に従うと、我慢もしなければ、だけど、まだかろうじて、生活は安定してるような気がする。だからこそ、学校、会社を頼みの綱にする、その気分は充分わかるけど。

本当は、みんなが自分の好きなことを好きなように追求したら、もっともっと、色々な可能性が色々なところで花開くわけで。 

 

学校や会社は、為政者には税制などでも都合がいいから、延命されるだろうけれど、今後はますます個人の幸せという側面では、ありがたくないものになる気がする。