Wの日誌

映像編集業。1977年生まれ。

どのみち死ぬ。

若い頃は、まだまだ、死が、とても抽象的なものだったんだな、と40歳をすぎて、思う。死に対して、なんか、甘美な感じや、かっこいい感じを抱きながら、多くの破天荒な天才が死んでいった年を越え、のうのうと生きているうちに、肉体が衰え始め、いづれ自分は、無に帰するということが、祖父や母親、義父の死をみたことにもよって、実感されてきて、ああそのうち死ぬんだな、と思いながら、毎日がある。

その感覚は、10代、20歳頃とは、切実さが違う。

 

ふとした瞬間に、なんの脈絡もなく、生きてる先が、真っ暗で、自分というものも、失う、死が待ってるのかと思うと、絶望と同時に、なんとなく、すべてを許せるような寛容な気分も湧いたりする。

 

所詮、みんな、死ぬ。いなくなる。

そう思えば、すべての感情、愛、争い、葛藤は、無意味ともいえる。

なにをやっても、なにをなしても、死ぬ、これほど、平等なことがあるだろうか、とすら思う。

どのみち死ぬ、とてもいいことだ。