Wの日誌

映像編集業。1977年生まれ。

死ぬのはこわい。

41歳の年の瀬に、ふと、素面で、寝る間際に、もう明日の朝、目覚めないかもしれないと、恐怖を覚えた。

このまま、ねて、死ぬ可能性。

それが、ゼロではない体調と年齢。

 

生き物は、絶対死ぬので、ほんとうに哀しい。

時間は戻らず、若返ることもなく、とにかく死にむかってることだけが、真実。くつがえらない。

 

どうせ、死ぬ、そう思うと、いろいろなことに寛容な気持ちになれるような気もする。実際には、寛容な態度が、とれないけれど。

 

死にたいして、甘美な幻想を抱いてもいた10代の頃が懐かしい。夭折した文学者、ミュージシャンに憧れていた、10代の自分が逆に、とことん死から遠かったな、と思う。

 

いまは、不死の方法が発明されないものか、とおもうほどだ。

 

死にたくない。

でも、現実は肉体が滅びつつあるし、気持ち的にも、10代の頃より、はるかに、メチャクチャ死に近い。

ふとした瞬間、線路に飛び込みかねないほどには、突然な虚無におそわれる。

それもこれも、どうあがいても、死ぬということが、肉体的に精神的にも、了解しなくてはならないような、状況まで弱っているからだろう。

ことさらに、生気、覇気のない自分は、齢40にして、とにかく死ぬのがこわい。